ごあいさつGreeting

代表あいさつ

 

三洋住宅(株) 代表取締役の上野山喜之です。

「心のかよう住まいづくり」

私たちが掲げるこの言葉には、お客様の大切な住まいを守り続け、いつまでも幸せな暮らしづくりのお手伝いをさせて頂きたいという想いが込められています。

 

新築でもリフォームでも、家づくりは人生の中で特に大きな買い物です。
だからこそ、大切な住まいづくりを任せて下さるお客様と「心のかよう関係」で居続けること。

そして大切な住まいが「家族の心のかよう居場所」になること。私たちはそれが何よりも大切だと思っています。

 

お客様の誰しもが、家づくりを始める前はその責任の大きさに不安になり、慎重にもなられます。
そんな皆様の不安と希望に寄り添い、家を建てた後も暮らしづくりのサポートをし続けること。

 

地元でおよそ半世紀に渡り家づくりに携わらせて頂いた私たちだからこそ、これまで家づくりを任せて頂いたお客様に感謝し、その責任を全うすることの大切さを理解しております。

 

三洋住宅の社長として、日々そんな想いでスタッフと一緒に仕事をさせて頂いております。
このホームページを通じて、私たちの思いについて少しでも伝われば幸いです。

>>>新築についてはコチラ「末永く愛着をもって暮らせる家

>>>リフォームについてはコチラ「心のかようリフォーム」

 

また私の家づくりへの想いを、私の半生を振り返りながらまとめさせていただきました。
少々お時間を取らせて頂くことにはなりますが、初めて弊社のホームページに足を運んで頂いた皆さまには、是非一度ご覧いただきたい内容となっております。何とぞよろしくお願いいたします。

 

上野山喜之 物語 ~心のかよう住まいづくり~

 

「何が“心のかよう住まいづくり”や? お前んとこ全然ちゃうやないか!」

 

そう言われて、一番理不尽な事をしていたのは自分自身だと気が付きました。

理不尽な事は嫌い。
幼いころ弱い者いじめをするガキ大将に手をあげたこと、
学級委員としてクラスをまとめあげるためにクラスメートに手をあげたこと。
その全ては自分の正義を貫くためでした。

 

「心のかよう住まいづくり」

 

私は自ら掲げた言葉の重さを知らず、お客様の期待を裏切っていた。
そう気づいた時、私の人生は大きく変わっていく事になったのです。

 

父の背中

 

三洋住宅は私の父と叔父が共同で作った会社です。
上野山家は私で7代目になるみかん農家でしたが、みかん作りが豊作貧乏と
言われ始めた頃、父が親せきの人たちと共同で土地の売買を始めたことが
三洋住宅の原点です。

 

その当時の私は、理不尽な事、不正な事が嫌いな少年でした。

 

だからなんのためらいもなく、弱い者いじめをする近所のガキ大将に
殴りかかり喧嘩をすることも少なくありませんでした。
不正なことをする奴は、暴力も厭わない。

 

中学生になる頃には「殴るのはアホらしい」と手を上げる事はなくな
りましたが、理不尽な事、不正な事を我慢できないという気持ちを持ったまま、大人になりました。

 

思えばそんな性格になったのは、父の影響だと思います。
父は私が喧嘩をすることを咎めはしませんでしたが、人に迷惑をかけた時は違いました。
時には叩かれ、時には納屋に入れられたり、
こっぴどく怒られたのを今も覚えています。怖い父でした。

 

その後土地の売買を始めた父でしたが、仕事が忙しくなるにつれ
私たち家族の生活も徐々に変化していきました。
お客様との約束が入ると、休日の行楽の予定は簡単にキャンセル
になりました。それと同時に怒られることも少なくなりました。

 

「小さい頃あれだけ怒ったから、後は自分で判断できるやろ? 大人になったんやから」
それは私たちへの信頼の証でもあったのです。

 

振り返れば私は人生でたくさん失敗して来ましたが、自分で進む道を選択して失敗して学ぶことが大切。
その大切さを教えてくれたのは父でした。

「また失敗してもうたわ。そんな上手い話はないな、勉強になったわ!」
そうやって自分の失敗を笑い飛ばす父の背中を、私はずっと見ていました。

 

そして毎日楽しそうに遅くまで働く父の姿を見たからこそ、「いつか自分も
経営者になりたい」という希望を抱くことになったのだと思います。

 

人生を変える言葉

 

「ええアイディアないか?」

 

ある日、父が私に声を掛けました。
その頃の父は三洋住宅を創業し、土地の売買以外にも住宅建築を手掛けはじめたばかりでした。
私はと言うと高校で美術部に所属し、絵を描くことを楽しむ毎日。
住宅にも興味が湧き始め、三洋住宅のチラシを作る事が学生の私のアルバイトとなっていました。

 

父はこれから会社をもっと軌道に乗せるために、三洋住宅のキャッチコピーを作ろうとしていました。
しかしどうにもアイディアが湧かず、当時学生だった私に意見を求めたのです。

 

「そうやなぁ・・・“心のかよう住まいづくり”とか、ええんちゃう?」

 

なぜその言葉が出て来たのか、自分でもよくわかりません。
なんとなく響きが良くて、なんとなく良い言葉だと思いぽろっと口にしたのです。
深い意味はありませんでした。

 

「ええなぁ、それでいこか」

 

こうしてあっさりと決まった“心のかよう住まいづくり”というキャッチコピー。
この時私は自分が作ったこの言葉が人生を変えることになろうとは、想像もしていませんでした。

 

求められている事とは?

 

「長男やし、親父は僕に会社を継いでもらいたいやろな」
なんとなくそれを感じ取っていた私は、大学で経営学を学びハウスメーカーに就職しました。
大阪本社に配属され、最初は合板・木材の購買・輸入を行う、いわゆるバイヤーをしていました。
家業を継ぐことを決めていた私は3年で退職するつもりでしたが、結局8年ほど在籍しました。
仕事が楽しかったのです、3年で辞めるのは嫌でした。

 

しかしいつまでも大阪に居るわけにもいかず「戻ってこい」と父から連絡を受け、
私は和歌山に戻り三洋住宅に入社することになったのです。

 

「まずは大きい会社での経歴を活かして、組織の管理をカッチリせなあかんな」

 

そう考えた私は、現場を束ねる工務部長として、とにかく社員にうるさいことを言って回りました。
書式をシッカリ書けとか、現場をキレイにしろとか、とにかく細かい事をカッチリやる様に徹底していきました。

 

当時の社員からしたら、「急に入社してきた社長の息子がうるさい事を言うな」と思っていたと思います。
しかしハウスメーカーで修業をした私は、大きい会社の組織体系を自社に持ち込むことで、今よりもっと良い会社になる。そう信じて疑わなかったのです。

 

しかし、それだけではダメだと身をもって痛感する出来事が起きました。

 

次第に工務だけではなく営業の管理も行うようになった私は、大手住宅メーカーの販売の仕組みを再現できる、
住宅フランチャイズに加盟することを決めたのです。

 

「大手の仕組みで生産性が上がるから、売り上げも上がっていくやろ」

 

しかし、これが大失敗。
別ブランドで『三洋匠ホーム』という子会社まで作り人員を投入したのにも関わらず、全く売れませんでした。
生産性が上がるのは自社のメリットであり、お客様にとってのメリットでは無かった。つまりお客様の事を無視した、
ただの独りよがりだったのです。

 

「あかんな、お客様が求めているのはこういうことちゃうんやな」
営業経験の無い私の、初めての大きな失敗でした。

 

お客様が求めている事はいったい何なのか?
痛いほどそれに気が付く日がやってくるとは、当時は知る由もありませんでした。

 

お前んとこ全然ちゃうやないか!

 

お客様が住宅会社に求めるものとはなんなのか?
考えを巡らせる中で、ある事に気づきました。

 

「そういえば家を建てて頂いたお客様から、外壁の塗り替えなどメンテナンスの依頼が来てへんわ」
それに気づいて間もなく。お客様からこんなお叱りの声を頂きました。

 

「何が“心のかよう住まいづくり”や? お前んとこ全然ちゃうやないか!」

 

「・・・申し訳ありません」
そうとしか、言えませんでした。
当時の私たちは、家を建てた後に2年間の定期訪問をし、以降は暑中見舞いと年賀状でのお付き合いだけになっていました。
そのため担当した営業マンが会社を辞めてしまうと、お客様は誰に住まいについての相談をして良いのか判らなくなっていました。
アフターフォローを徹底できていなかったのです。

 

“心のかよう住まいづくり”
その言葉を信じて、一世一代の家づくりを任せてくれたお客様の期待を裏切っていたんだと、気が付きました。

 

「自分はなんて理不尽な事をしていたのか・・・」
初めてそれを痛感しました。

 

メンテナンスの依頼が来ない、当たり前です。
“心のかよう住まいづくり”を掲げる私たちが、お客様と“心のかよう関係”をつくれていなかったのです。

 

理不尽な事、不正な事は嫌い。
でも、一番理不尽な事をしていたのは自分だった。
私は初めて、掲げた言葉の意味とその重さに気が付きました。

 

その先にある物は

 

お客様にお叱りを頂いたことがキッカケで、退職後ハウスメーカー時代の上司の所に挨拶に行って見せてもらったあるビデオの事を思い出しました。

「上野山くん、良い物を見せたるわ」

映し出されたのは、全国各地に拠点を展開するその会社の社内教育用ビデオで、顧客満足度の高い営業所の成功事例を紹介するものでした。

その中での営業所長の発言に強い感銘を受けたのです。

「お陰さまでウチの営業所は、ご紹介を多くいただいています。
ゆくゆくは“一見さんはお断り”と、胸を張って言えるくらいの営業所にしていきたいです!」

 

「あの時ビデオで見た営業所と、三洋住宅は真逆やないか・・・あかん、このままじゃただの裏切り者や」

 

お引渡しの際に「これからがお付き合いの始まりですよ」と伝えているにも関わらず、以降は何のフォローも無い。
お客様はまだローンが残っている。お金を支払い続けている。
しかし、売った方が何のフォローもしていない。

 

「裏切り」以外の言葉が、見つかりませんでした。

 

決意の瞬間

 

「絶対にやらなあかんと思います。自分だけでもやります」

 

過去のお客様の名簿と図面だけを持って、私は三洋住宅を飛び出しました。
“心のかよう住まいづくり”その言葉の通り、お客様と心のかよう関係を作る。
その実現のために周囲の反対を押し切って、「三洋メンテリフォーム」という新しい会社を立ち上げ、事務所を構えたのです。

 

三洋メンテリフォームは、三洋住宅で家を建てて頂いたお客様に対して、修繕・リフォーム工事を行う専門部隊です。
「お客様と“心のかよう関係”を作るためには、会社として登記してシッカリやらなあかん」
これまでお客様になんのフォローも出来ていなかった。
その責任を受け止めて償いをするためには、それくらいの覚悟でやって当然だと思ったのです。

 

私と事務員と現場監督のわずか3名でスタートした三洋メンテリフォームはそれから、お客様の家を一軒一軒訪問する毎日がはじまりました。

 

もう諦めてるからええわ

 

「・・・今更なに? ずっと前から雨漏りしてるから見に来て言うてたけど、あんたの所、全然話を聞いてくれなかったやない。 
お陰さんで雨漏りで天井に穴が開いてしもうたけど、もうええわ。諦めてるから。早よ帰って!」

 

「・・・申し訳ありません。 全部無償で直させてもらいます。やらせてください!」

 

お客様の所にお伺いすると「今更なんや!」とお叱りを受ける毎日。
次から次へと出てくる、メンテナンスを怠ったことによる住宅の不具合。
三洋住宅がフォローを怠ったことによって発生した不具合については、全て無償で対応させて頂く。
三洋メンテリフォームを始めた時からそう決めていました。

 

だから、どんなに帰れと言われても、どんなにお叱りの言葉を頂いても、絶対に引くわけにはいきませんでした。
理不尽を行ったのは、私たちなのだから。

 

以降3年間は、社員全員で朝から晩まで走り回りました。
私も営業、設計、現場監督と全ての業務をやりました。
経営は大赤字。
お客様にお叱りを頂き、修理をし、毎日へとへとになって家に帰る。そんな毎日でした。

 

しかし、不思議と辛いと思ったことは一度もありませんでした。
きっとこの先に、お客様と私たち両方が幸せになれる未来が待っている。そう信じて疑わなかったからです。

 

毎日走り回り、夜遅く家に帰ると枕元に方眼用紙を置き、リフォームのプランを考えながら眠りに落ちる。
信じて行動することしか、当時の私にはできませんでした。

 

心のかよう住まいづくり

 

「三洋住宅を引き取らせてください」

 

当時三洋住宅を経営していた叔父に、私はそう告げました。
父が立ち上げた三洋住宅及び、その関連会社。
そこから独立し、新しい三洋住宅を作る。
三洋メンテリフォームを立ち上げて、既に8年が経過していました。

 

三洋住宅を独立させ社長に就任し、何度も季節が通り過ぎた今も、自分自身が作った“心のかよう住まいづくり”という言葉の意味を、考え続ける毎日を送っています。

この言葉から逃げる事、この言葉にかけて下さった期待を裏切る事。
そんな事は、もう二度とあってはいけないと思っています。

 

住宅は特別な物です。単に住むための場所ではありません。
そこで暮らす家族を守るだけではなく、家族の思い出が刻まれる大切な場所です。
そんな大切な場所だからこそ、愛着を持って暮らせる家をご提供したいと思いますし、その後もメンテナンスを通じて、大切な場所を守って差し上げたいと思っています。

 

そういった事を自覚していないと、住宅の仕事はやってはいけないと思っています。
それくらい、責任の重たい仕事です。

 

それに気が付くことが出来たのは、お客様は勿論、三洋住宅・三洋メンテリフォーム、および当時の関連会社で関わってくださった皆様がいてこそです。
その全てが、私は財産だと思っています。

 

そして、「失敗もあるやろうけど、楽しんでやったらええ。自分で道をつくっていけばええ」
そうやって励まし応援してくれた父がいたからこそ、私は今まで歩いて来れたんだと思っています。

 

家づくりがどれほど素晴らしく、どれほど大切な物なのか?
あの時会社を飛び出していなかったら、もしかしたら気が付けていなかったかもしれません。

 

「お陰さまで子どもが巣立って行きましたわ、社長、今度は私たち夫婦のためのリフォームがしたいんよ、相談にのってくれる?」

 

明るい未来が待っているはず。
会社を飛び出して以降そう信じて歩いて来ましたが、こんな嬉しい言葉をかけて頂ける日が本当に来るとは・・・
嬉しくて、仕方がありません。

 

これまでの数々の出来事があったからこそ、
お客様に寄り添いずっと繋がっていく“心のかよう住まいづくり”を続けていく事が大切だと思っています。

 

心がかようとは、お客様の家族が家を通じて絆を深め、幸せになっていただく事です。

心がかようとは、そんなお客様と私たちがずっと繋がっている事です。

 

私たち三洋住宅は、そんな“心のかよう住まいづくり”を通じて、目の前のお客様が幸せになるためのお手伝いを致します。
これからも社員一同頑張って参りますので、三洋住宅をよろしくお願いいたします。

 

三洋住宅(株) 代表取締役 上野山喜之

 

 

 

 

 

 

 

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